ぽやんとなんかしてないんだぜ日記

糸井重里の弱点を誰か。

糸井重里さんの活動が気になります。

糸井さんが運営しているほぼ日というサイトの存在を知ってから、ほぼ日をほぼ日で読んでいる優秀な読者です。

が、

なんというかそういうすきには、そんな簡単にすきになってたまるか的な気持ちが多分に含まれておりまして。いいなあと思うと同時にちっ、なんだこのやろう、と思うわけであります。

簡単に言うと指をくわえて見ている側にまわるのが悔しいのでしょう。
そんな闘争心が自分のどこにあったのかしらと思うくらいに。

しかしくわえていた指を握りしめて、何に闘いを挑めばいいのやら。

だから、ねえ、ほら、そこのあなた。ちょっと知っていたら教えてくださいな。
なんていうか、ほら、あの、あれ、誰にでもひとつぐらい、あるじゃない?
そのぅ、、、急所っていうやつ。
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深キョンにはかなうまい

CMを見ていたら、深田恭子が映っていました。このひとはいつまでも若く美しいなー、そう思ってその理由を考察していたときでした。

「なんていうかこう、ちょっとぽやんとしてるからじゃない?」と私。
隣で夫、悶絶。クスクス笑いをこらえている。

「いやー、ぽやんとした人がひとのことぽやんとしてるとか言っちゃって。深キョンも君には言われたくないって感じ?!」と、勝手に深キョンの不名誉な気持ちまで代弁している。

というような事件が最初にあって、この日記は始まりました。

家庭内での不名誉を払拭すべく、夫に秘密でせっせと、ぽやんとしていない私を綴る日記です。みなさま、お手柔らかにお付き合い下さいませ。

ぱっちり目とかすみ目

夫は生卵の白身が食べられない。

目玉焼きを焼くとき、私は自分のタマゴは卵々と黄身のひとみ輝く半熟に、夫のタマゴは、黄身のお月様にうっすら霞みがかかった超熟に仕上げます。

時間差攻撃。

その時間が至福のとき。ちいさな差異が、自分のためではない誰かのための仕事を生み出すのねー。
素敵なこってす。


ひとりでは生きられないのも芸のうち

内田樹さんの本、「ひとりでは生きられないのも芸のうち」を読みました。

おもしろい。
早速内田さんのブログを探して、ブックマークしてみました。

なんだか、長く生きてみるとおもしろそうだぞ。
そんなことはどこにも書いていませんが、そんなこと思う本でした。
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愛は生きてるうちに

ジャニスジョップリンの曲に、「愛は生きているうちに」というものがあります。

子供の頃に音楽の教科書で見た、バッハやモーツァルトなどの有名な作曲家たちの生まれた年から死んだ年までの時間を棒線であらわし、誰と誰のどのあたりが重なっているか示した図が、とても心に残っています。

時々、思い出しては、同じ国に生まれ、生きた時間の年表が少しでも重なっているというのはすごいことなんじゃないかと思ったりします。

詩人の吉原幸子さんが亡くなられたときにも、強くそう思いました。

お母さんを亡くされたときに、

あのひとは 生きてゐました
さばのみそ煮 かぼちゃの煮つけ
おいしいね おいしいねと言って
そこにゐて 食べてゐました

という詩を詠んだ女性です。

手が届かないと思っているあこがれの人の多くは、生きている時間の年表が重なっている限り、会いに行ける可能性のある存在です。きのうまでそこにいた身内でも、年表の重なりが途切れてしまえば、もう会うこともかなわない。

高校生の頃に一番強く影響を受け、その作品の多くを読み込んでいた吉原幸子さんが亡くなられたという知らせを受けたとき、とても強くそう思ったのでした。


ある日、歌えたら。

生まれかわったら井上陽水か山下達郎になれるとしたら、どちらを選びますか?

小説家の西村賢太さんが古い小説をずっと読んでいたら、いつの間にか小説を書けるようになっていたというようなことを言っていました。

歌手のジャニスジョップリンも言っていました。
「毎日毎日音楽を聞いていて、ある日歌ってみたら歌えたの」と。

その前は絵を描いていたそうです。

「絵を描いている時は、内側に内側に自分を閉じ込めていくようで苦しかった。でも歌は私を外側へ開き、解放してくれたわ」というようなことも。

大学時代、何度も何度も見たインタビュー映像の中でそんなことを言っていました。
その頃私は絵を描いていました。

もじゃもじゃ頭の井上陽水か、小さいおじさんだけどラジオから聞こえる声がめちゃくちゃダンディーで竹内まりやと結婚できる山下達郎のどちらにしようか真剣に悩みながら。
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